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神聖な系譜:サイ・ユガ

ババ・マンディールの開かれた入り口
ババ・マンディールの開かれた入り口
シルディ・ババ
シルディ・ババ
ババにアーラティを行うスリ・カレシュワーラ
ババにアーラティを行うスリ・カレシュワーラ
スリ・カレシュワーラのプログラムに世界中から集まった生徒たち
スリ・カレシュワーラのプログラムに世界中から集まった生徒たち

サイ・ユガ

 前世紀の間ずっと、世界中のスピリチュアルなコミュニティにおいて、新しい時代――かつてない人道主義の発達と精神的な成長を特徴とする時代――の到来が話されてきました。1998年、スワミは初めて、この新しい時代について詳しくお話しされました。

 それは新たな千年間です。もはやカリ・ユガではありません。サイ・ユガです。サイとは父という意味であり、同時に母という意味でもあります。父と母です。サイ・ユガでは、みんなが、シルディ・サイ・ババを愛するようになります。ババの写真を家に飾る人は誰でも、信じられないほどのエネルギーと祝福をババから受け取ることになります。ただ「ババ、愛しています」とババのことを思うだけで十分です。そうするだけで、ババのサマーディからエネルギーを受け取ることができるのです。それはまるで「やあババ、愛してるよ」と電話をかけるようなものです。そうするとババが「私も愛しているよ」と応えてくれます。

 このサイ・ユガでは、変化と破壊が起こった後、とても平和に物事が運ぶようになります。そして、みんなが、シルディ・ババに祈って祝福を得たいと思うようになります。みんなが、神とスピリチュアリティと愛について知りたいと思うようになります。人々は、真実に沿い、正直で誠実になり、思いやりを示し、情け深く親切になり、互いに良く理解し合い、愛し合い、コミュニケーションを取り合うことになります。

 このユガでは、とても簡単に神を知ることができるようになるでしょう。このユガ(時代)では法則が変わっています。ユガごとに法則は変わります。このユガの法則と以前のユガの法則とを比べることはできません。2000年前にジーザス・クライストが経験したことを、私たちも同じようにする必要はありません。信じられないような近道がたくさん存在するのです。100年ごと、1000年ごとに法則は変わります。5000年ごとにユガは変わります。いつも私は、ユガの法則に従います。このユガでは、わずか数年で悟りを得ることがとても簡単になるでしょう。シルディ・ババが皆に働きかけるので、神を見つけることがとても簡単になります。誰でも「ねえババ」と呼びかけると「何が望みだ?」と言ってババが後ろに来ます。 「私に1歩近づきなさい。そうすれば私はあなたに99歩近づきます」とババは約束しました。このユガで神を見つける方法は、ババのやり方――奉仕です。奉仕は、シルディ・ババの性質です――つまり、すべてを愛し、すべてに仕え、みんなを人間として善人として見て、みんなを幸せにすることです。

 サイ・ユガでは、悟りを得て勝利することはもっと簡単になるでしょう。けれども、それが実現するのは、私たちが自分のブロック(ネガティブな感情)を抑えることができた場合だけです。あなたが自分は成功しないだろうと思うのなら、どうやって成功できるというのでしょうか? シュラッダとサブーリ、信心と決意が重要です。決意とは、スピリチュアリティの果てまで見たいと思うことです。スピリチュアリティに限界はあるのでしょうか? 限界はあります。生があれば、死もあります。あなたが母親から生まれた時に、あなたが死ぬ時も定められています。でも、グルがあなたの人生に介入するなら、グルは、あなたの寿命や生活様式をさまざまな点において変えることができます。だからこそ「グル・ブラムハ、グル・ヴィシュヌ、グル・ デーヴォ・マヘーシュワラ」と唱えるのです。しかし、あなたは全託しなければなりません。そうすれば成功できるでしょう。ただハートを開いて望みのものを受け取りなさい。

 シルディ・ババの偉業が知られるようになり、その神々しい存在が世界中で感じられるようになるでしょう。私はババを世界に連れ出すつもりです。そうしようと努力しています。すでに多くの人々がそうしようとしてきました。ババはいつも隠れています。ドワルカマイ(ババが生前住んだ荒れ果てたモスク) でずっと眠っているのです。隠れているということは、ババがとても頭の良いマスターであるということです。ババは有名になりたがりませんでした。でも現在インドでは、85パーセントの国民がシルディ・ババのことを知っています。世界では、まだ6パーセントの人々しかババのことを知りません。近いうちに大勢の人々がババのことを知ることになります。

 世界にババを連れ出すために私は最善を尽くしています。でも、宗教としてではありません。ジーザスがキリスト教について説いたことは一度もありません。ムハンマドがイスラム教について説いたことは一度もありません。ヴェンカテーシュワラ、クリシュナがヒンドゥ教について説いたことは一度もありません。神は、ひとつの宗教しか持ち合わせていません。それは愛です。私が指摘したいのはその点です。それは愛の組織――愛の宗教なのです。

 ――Excerpted and retranslated from kaleshwar.org